2019/11/08

ビズローンのプロフェッショナルインタビュー!

今回は、猪口建太朗先生のパーソナルな情報に迫る番外編です。

証券会社勤めから公認会計士を目指したきっかけから、プロフィールを掘り下げていきます。

猪口健太朗

京都市生まれ。

銀行系証券会社を経て、新日本有限責任監査法人に入所。
金融部に所属し、銀行業、証券業、投資顧問業、ファンド(投資信託、SPC等)の監査・保証業務に従事。
他方で、事業再生を専門として財務・事業デューデリジェンス、事業系計画策定支援に関与。特に東日本大震災後において、被災企業(主に中小企業・零細事業者)の再生案件に多数関与した実績があり、平成24年から東日本大震災事業者再生支援機構(仙台)に駐在派遣。
平成26年に新日本有限責任監査法人を退職後、猪口公認会計士税理士事務所を京都にて開業。
同年、経営革新等支援機関として財務局・経済産業局より認定。


竹内ゆみ
はじめまして!
ビズローン編集部の竹内ゆみです。
ビズローンでは専門家の方へのインタビューを担当しています。
実は私、おじいちゃんが経営者なんです。
専門家のみなさんにお話を伺って、
経営者の悩みにこたえられるように日夜励んでいます。

証券会社のサラリーマンから公認会計士の道へ

猪口先生が公認会計士・税理士になる前のお話からお伺いしたいです!
猪口健太朗さん

社会人としては、新卒で証券会社に入りましたが、約1年間で退職した経歴があります。
昨今の金融営業はとても高いリテラシーやモラルが求められていますが、基本的には、十数年前でもそれは同じです。でも、例えば「この株は絶対儲かりますよ」というようなコンプライアンスに反したことをお客様に平気で言ってしまう営業マンが当時は割と存在しておりまして。でも、そういう人の方が営業成績は良かったりもして…

そうだったんですね。
猪口健太朗さん

当時の僕には、そういった雰囲気を徹底的に正そうという姿勢も会社に感じられなくて、なんだか納得がいかなかったのです。他方で、そういう方々は面倒見もよくて大変お世話になったという気持ちもあるのですが。
金融に携わる業務というのはもっとプロフェッショナルな仕事だと思っていたのに、「なんだこの仕事は」って感じちゃって。

会社に入ったら3年は働け、みたいなことはよく聞きますよね。
猪口健太朗さん

確かに新卒で入った会社には3年は居た方がいい、みたいな風潮が当時は根強くありましたし、当時は株式市場が上向いていたこともあって仕事も順調ではあったので、僕には会社に残るという選択肢もありました。
しかし、証券営業の実際を間近でみて、どうしても自身の5年10年先を前向きに考えられなかったので、会社を辞めることを決めました。

1年で会社をやめるってすごい決断ですね。
猪口健太朗さん

悩みましたが、どうせ辞めるなら早い方が、同僚やお客様にも迷惑をかけないはずなので。当時の自分なりの誠実さの表現でもありました。
他方で、「自分の勝手で会社を辞めるからには、ちゃんとそれに見合ったチャレンジをしないといけない、頑張らないといけない」と強く思いました。

「頑張ること」が、猪口先生にとっては公認会計士を目指すことだったということですね。
猪口健太朗さん

そうですね。
ファイナンス分野には依然として興味がありましたし、専門的で高度な仕事に従事したいという想いが、当時からありました。
実は、最初は半年間の勉強で公認会計士試験を合格しようと目論んでいたのですが、玉砕してしまいました(笑)
その後、心を入れなおして勉強し、1年半後に公認会計士の試験に合格しました。

なるほど。大学時代は公認会計士になることは考えていなかったのですか?
猪口健太朗さん

僕の卒業した大学では公認会計士を目指す人はあまりいなかったので、考えていませんでしたね。ちなみに、公認会計士の合格者の平均年齢は20代前半で、学生の合格者も多いです。僕が合格したのは24歳なので、大学卒業後2,3年で受かった人と同じくらいの年齢ですね。
同僚はほとんどが年下で、優秀な人が多かったです。

公認会計士になってからは、年齢が同じか少し下の方々と仕事をされていたのですね。はじめはどちらで勤務されていたのですか?
猪口健太朗さん

就職は東京の大手監査法人でした。中堅以上の金融機関やファイナンス分野の会社は、殆どが東京に本社を置いてますので、必然的に会計士として金融のプロフェッショナルを目指すなら東京勤務を選択するのが当時の定石でした。
東京では、証券会社やファンドの監査業務やアドバイザリーに主に従事していました。

東日本大震災をきっかけに事業再生分野に注力

公式HPのプロフィールを拝見すると、事業再生分野にも携わっていたのですね!
猪口先生は東日本大震災後の復興関連の仕事にも関わっていたそうで。
猪口健太朗さん

はい。東京で働いて4-5年経った頃、東日本大震災が起きました。東京でもかなり強い揺れを感じましたし、帰宅難民にもなりました。「東京大震災が、とうとう来たか!」などと思っていたところ、その後のニュースで震源地が東北と聞いて、本当に愕然としました。
震災後は、なにか少しでも自分に出来ることをしたいと考え、被災地で教育系のNPO法人で中高生に数学や英語を教えるようなボランティア活動に従事したりしていました。それはとても貴重な体験だったのですが、一方で、公認会計士という専門家として何か携われることは無いのか?ということをずっと考えていました。

公認会計士だからこそできる仕事を探していたのですね。
猪口健太朗さん

はい。そのとき、東日本大震災事業者再生支援機構という組織が設立され、仙台で約2年間、被災企業の支援業務に従事しました。そこでは、主に債務者の二重ローン問題への取り組みをおこなっていました。

二重ローンとは…?
猪口健太朗さん

例えばローンの支払いが終わっていない工場が津波で流されてしまったとします。
その後、補助金や新たなローンを活用して新しい工場を立て直したとしても、震災前と震災後の二重のローンを抱える状態が発生してしまいます。このような状態を二重ローンの問題と呼んでいました。

震災前の借金と震災後の借金の2つを抱えながら、更に事業環境も悪くなっている状態ですね。借金を返していく能力が低くなりそうです。
猪口健太朗さん

まさにその通りです。
一般に、このような場合に事業を継続する方法として、民事再生や会社更生という裁判所を介したスキームがあります。これらを法的整理といいますが、費用面などデメリットを考量すると、なかなか小規模な会社では活用が難しい面があります。
そこで、東日本大震災事業者再生支援機構では、私的整理と呼ばれる手続きでこれらの問題を解消する取組を行っていました。

公的整理とは違うんですか?
猪口健太朗さん

私的整理は、裁判所を介さずに金融機関等の債務書と相対で折衝し、借入金の支払い条件を交渉したり、場合によっては債務免除を求めたりする取組です。
これはこれで、かなりハードな業務です。

仙台派遣の後は東京に戻ったのですか?
猪口健太朗さん

仙台での任期を終え、一旦は東京に戻り監査法人で勤務しました。
並行して、Uターンする準備をして、今から5年前(2014年)に京都にて独立開業しました。

生まれ育った京都の地で無類の公認会計士事務所を設立

独立は京都で!会計事務所にとってもおしゃれなバーが併設されていて、会計事務所兼バーができたきっかけも気になります…。
猪口健太朗さん

自分だけの小さい城が欲しかったんですかね…
男性の憧れというものでしょうか(笑)
実家が京都ですので、そちらの部屋の片隅で開業するのが1番リスクは少ないですし、それも考えたのですが、やはりなんだか面白くないなと思って。
バーの経営なら廃棄もあまり出ないし、自宅兼店舗であれば余計な固定費もかかりませんので、合理的だなと考えました。ちゃんと営業許可はとってますよ!

いつから独立を考えていたのですか?
猪口健太朗さん

独立志向は全然なかったので、京都へのUターンを考え始めた頃くらいでしょうか。
ただただ、京都に住みたいという気持ちだけでしたので。どこを拠点に生活をするのかが、人生の質の半分を決めると思ってまして。東京も悪くなかったのですが、やはり京都だなという想いが積もりまして。
だから、当初は「転職してもいいかな」と考えていたのですが、事業再生分野での経験を活かせそうな求人が京都では見つからなくて。
自分の条件の合いそうなところがなかったから、消去法で独立を選んだという感じです。

地元とは言え、新しい事務所を作って未知の世界に飛び込んだのですね!
猪口健太朗さん

そうですね。ただ、京都での社会人経験を全くやってなくて、コネも全然ありませんでした。父も普通のサラリーマンですので。
そこで「祇園でバーを構えていたら人の繋がりもできて仕事に繋がるんじゃないか」という考えもあってバーを始めた次第です。
実際は仕事には殆ど繋がってないのですが(笑)花街や芸能関係の方など、様々な方がいらっしゃいますので、これはこれで楽しくやっています。

京都らしいエピソードです!猪口先生は税理士法人らくよう綜合研究所の代表税理士でもありますよね?
猪口健太朗さん

そうです。税理士業務と公認会計士業務はやることが全然違います。
開業するまでは税務の実務経験が無かったこともあり、国税局出身の税理士と一緒に税理士法人を立ち上げしました。
財務から税務まで、つまり金融機関等から税務署対応まで幅広く対応できるのが当法人の強みです。

幅広い分野に対応してもらえることは、とても心強いですね!本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

猪口先生にインタビューさせていただいたのはとってもおしゃれなバー。

実はここ、猪口先生の会計事務所兼バーなんです!

面白いことを大事にする、猪口先生ならではの視点でいろいろ語っていただきました。

インタビュー番外編では今後の展望を中心にお話していただきましたが、インタビュー本編では、会計士業務のことを詳しく掘り下げています。

合わせてご覧ください!

執筆者からのコメント
竹内ゆみ さん

事業再生分野を専門として経験を積んでいる猪口先生は、東京の監査法人から東日本大震災後に仙台での勤務を経て、京都で独立しました。

着手金ゼロで補助金サポートをしてくれたり、金融事故等のピンチに対応したりと経営者や個人事業主の心強い味方です。

今回は会計士・税理士業務と大学院通いの忙しい時間の合間をぬってインタビューにご協力いただきました。

猪口先生、ありがとうございました!